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札幌高等裁判所 昭和62年(行コ)4号 判決 1988年7月13日

北海道滝川市緑町四丁目二番四一号

控訴人

中嶋豊子

右訴訟代理人弁護士

中嶋郁夫

北海道滝川市大町一丁目八番一四号

被控訴人

滝川税務署長

佐々木孝志

右指定代理人

坂井満

伊東宜博

斎藤昭三

西谷英二

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  控訴人

原判決を取消す。

本件訴えのうち被控訴人が昭和五四年一二月一九日付けでした控訴人の昭和五二年分所得税の更正中の総所得額一五八六万九〇〇〇円を超える部分及び昭和五三年分所得税の更正中の総所得額一八八六万二一九一円を超える部分の各取消しを求める部分を札幌地方裁判所に差戻す。

被控訴人が昭和五四年一二月一九日付けでした控訴人の昭和五二年分所得税の更正中の総所得額五三七万三五五二円を超える部分及び昭和五三年分所得税の更正中の総所得額五五二万二一九九円を超える部分を各取消す。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨。

第二当事者の主張

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次に付加するほかは、原判決事実欄の記載と同一であるから、これを引用する。(但し、原判決四枚目裏六行目に「昭和五五年二月八日」とあるのを「昭和五五年二月一二日」と訂正する。)

一  控訴人の主張

1  租税特別措置法三七条中には、特に譲渡所得の繰延課税を求めるかどうかを納税者の選択に委ねた趣旨の定めはなく、また同条一項の規定は、当該譲渡による収入金額が当該買換資産の取得価額以下である場合にあつては、当該譲渡に係る資産の譲渡がなかつたものと規定するように「譲渡所得なきところ課税なし」という実質課税の原則を謳つたものであつて当然の減免規定であり、同項の規定の適用を受ける手続要件を定めた同条六項の規定は訓示規定である。従つて、同条六項の要求する書類即ち確定申告書に適用条文を記載したり、譲渡をした資産の譲渡価額及び買換資産の取得価額に関する明細書等の必要書類を添付するのは、買換えの事実に関する調査を容易ならしめる趣旨に出たものにすぎないものと解すべきである。

控訴人は、本件明神町の土地の譲渡については昭和五二年分の所得税の確定申告の日の翌日の同五三年三月一五日に買換資産の取得価額の見積額及び取得予定年月日を記載した買換承認申請書を提出し、被控訴人は同年五月一〇日付けでこれを承認した。控訴人はその後被控訴人に対して買換資産を取得したとして買換資産の登記簿謄本、売買契約書等の書類を提出した。また、本件緑町の土地及び本件幸町の土地の譲渡については、控訴人は昭和五四年三月一五日に被控訴人に対し買換資産の取得価額の見積額及び取得予定年月日を記載した買換承認申請書を提出している。

以上の経過からして、控訴人は被控訴人に対し、明らかに事業用資産の買換えの特例の適用を受けようという意思を表示し、買換えの事実に関する調査を容易ならしめているので、本件各土地の譲渡については事業用資産の買換えの特例を適用すべきである。

2  仮に右主張が認められないとしても、本件においては租税特別措置法三七条七項にいう「やむを得ない事情」があつた。

同項は、税務署長は確定申告書の提出がなかつた場合又は前項の記載若しくは添付がない確定申告書の提出があつた場合においても、その提出又は記載若しくは添付がなかつたことについて「やむを得ない事情があると認めるときは」当該記載をした書類並びに同項の明細書及び大蔵省令で定める書類の提出があつた場合に限り事業用資産の買換えの特例を適用することができるものとしている。

同項は同条六項の救済規定であるから、提出された書類に事業用資産の買換えの特例の適用を選択する旨の確定的かつ一義的な記載が存する必要はなく、右書類が同特例の適用を受けようとする意思をもつて提出されたものであればこと足りるというべきである。

控訴人は、前記のとおり被控訴人に対し事業用資産の買換えの適用を受けようという意思をもつて前記各書類を提出しているので、同法三七条七項にいう必要書類は提出したことになるし、「やむを得ない事情」もある。従つて、同法三七条七項の規定に基づき本件各資産の譲渡につき事業用資産の買換の特例を適用すべきである。

二  被控訴人の主張

1  所得税法は、三三条の規定により、譲渡所得についても、他の所得と同様、これに対し課税することとしている。譲渡所得の本質は、保有資産の価値の増加益であつて、譲渡所得に対する課税は、資産が譲渡によつて保有者の手を離れるのを機会に、その保有期間中の増加益を精算して課税しようとするものである。従つて、譲渡所得があつたときは、買換えの有無にかかわらず、これに対する課税がなされることとなる。事業用資産であつても、例外ではありえない。

これに対し、租税特別措置法三七条は、事業用資産を買換える場合にまで譲渡所得に課税すれば、その税負担分だけ、再生産規模を縮小するか、他に資金源を求めることが必要になり、設備更新等による企業設備の合理化、企業基盤の強化拡充などの意欲がそがれるおそれがあるため、右の場合には一定の要件の下で、譲渡所得に対する課税の繰延べを認め、もつて、買換えの円滑化に資することとしたものである。そして、同条は、課税繰延べのための実体的要件があるときであつても、当然に課税の繰延べを認めることとはせず、課税繰延べの利益を受けるかどうかは、納税者の選択に委ね、同条六項で課税繰延べの利益を受けるための手続要件として、確定申告書への右適用を求める旨の記載及び一定の書類の添附を要求している。つまり、右制度は、納税者の選択により、課税繰延べの利益を求める意思を明確にした場合にかぎり、これを適用するというものにほかならないのである。

同条による課税繰延べの制度が、所得税法で規定されている譲渡所得課税の原則に対する例外として特別に定められたものであることは明白であり、従つて、右のような特例制度の適用については、実体的要件、手続的要件の双方ともに厳格に解釈され、適用されるべきことは当然である。

また、一般に納税申告については、その申告行為につき厳格な要式行為性が求められるが、この厳格な要式行為性は、右特例を適用するための手続的要件については、より一層妥当するものというべきである。のみならず、確定申告行為は、短期間に大量になされるものであつて、これらの事務処理を迅速かつ確実に行ううえでも、右特例を適用するための手続的要件の解釈は厳格かつ定型的になされるべきである。

以上により、同条六項で規定されている確定申告書への右特例の適用を受けようとする旨の記載は、確定的かつ一義的になされていなければならず、右記載を欠く以上、右特例を適用する余地はないものといわなければならない。そして、課税庁としては、右記載があれば右特例を適用するための実体的要件があるかどうかについて調査をする必要が生ずるため、同条六項は、確定申告時に、右記載とあわせて、調査を容易ならしめるために所定の書類の提出を義務づけているが、それは、あくまでも、確定申告時に確定申告書と同時に提出しなければならないのである。従つて、確定申告書に右記載を欠き、かつ、確定申告時に所定の書類の提出がない本件事案について、右特例の適用はありえないものである。

2  租税特別措置法三七条七項は、同条六項に規定された事業用資産の買換えの特例の適用を受けるための手続につき、厳格な要式行為性が求められる結果として生じ得べき不都合を防止するために、その救済規定として設けられたものであることは否定できないけれども、同条七項が、譲渡所得課税の原則に対する特例制度を構成している規定であることは、同条六項と同様であつて、それ自体を厳格に解釈すべきことは、同条六項と何ら変わらないというべきである。そして、同条七項は、同条六項で要求されている確定申告書の提出又は確定申告書への右特例を受けようとする旨の記載若しくは所定の書類の添附が欠けていることについて、やむをえない事情があると認められるときに、特例の適用を肯定しようとするものであるが、右やむをえない事情があると認められても、特例を適用するためには、更に、事後的にせよ、特例の適用を受けようとする旨を記載した書類及び右所定の書類の提出が必要である。これは、まさに、確定申告時に必要であつた書類のいわば追完を認めた規定と理解できるものであつて、かかる場合に、事後的に提出されるものにつき、本来なさるべきものと同一であることが要求されることは、当然のことである。追完として提出される書類自体につき、要式行為性を緩和し、控訴人主張のような買換承認申請書を許容するというものではない。

第三証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件についての当審の事実認定および法律上の判断は、次に付加、訂正するほか、いずれも原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。当審における新たな証拠調の結果によつても、右判断を左右するに足りない。

1  原判決八枚目中、裏一行目の「税額等は」の次に「原則として」を、裏三行目の「場合においても、」の次に「この増額更正処分は増差額に関する部分についてのみ新たに納税義務の範囲を確定する効力を生ずるものであるから、」を加え、同行目の「更正」を「右更正処分」に改め、裏四行目の「税額等の額を」の次に「超える限度においてこれが取消請求をすることができるにとどまり、これを」を加え、同行目の「訴求することはできない」を「訴求する法律上の利益はない」に改める。

2  同九枚目中、表二行目の「あるけれども、」の次に「控訴人の昭和五二年分の課税所得が右再修正申告書に課税所得金額として記載された五三七万三五五二円を下らず、同じく昭和五三年分の課税所得が右確定申告書に課税所得金額として記載された五五二万二一九九円を下らないことは、本訴においていずれも控訴人の自認するところであつて、この事実に照らせば」を加え、裏三行目の「そして、」を「ところで、」に改める。

3  同一〇枚目中、表一行目の「ものである。」を「ものであつて、右特例適用の手続的要件を定めた同条六項の規定は控訴人のいうような単なる訓示規定ではない。」に改め、表五行目の「あるから、」の次に「右記載は」を、裏九行目の末尾に「(同法三七条七項の規定が同条六項の救済規定であるとしても、それが大量、回帰的に発生する事案を迅速かつ確実に処理しなければならない税務行政上の、譲渡所得課税原則に対する特例を構成する規定である以上、同条項で提出を要求している書類の記載要件及びその方式が、本来同条六項によつて提出さるべき書類のそれより簡略なものであつてよいと解する余地はないものというべきである。)」を加える。

二  そうすると、控訴人の本訴請求のうち被控訴人が昭和五四年一二月一九日付けでした控訴人の昭和五二年分の所得税の更正中の総所得額五三七万三五五二円に達するまでの部分及び昭和五三年分の所得税の更正中の総所得額五五二万二一九九円に達するまでの部分の各取消しを求める部分は不適法として訴えを却下すべきであり、これらの金額を超える部分の各取消しを求める部分は失当として棄却すべきである。よつて、これと同旨と認められる原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤浩武 裁判官 長濱忠次 裁判官 竹江禎子)

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